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育ちたがる金属Vol,4 「Cl(i)one」

人間を、世界をわかるために、”目”を置いてきました。
人間の姿に変わった「万象」は、ベッドに寝そべりながら言った。

 

 

帰ってきてからというもの、彼女はきっかり8時から5時まで外出し、帰宅した私と話して寝るという習慣になっていた。
ありきたりなことを話せば、機械らしからぬ当り障りのない返し方をする。

同居人が一人増えたような感覚で、彼女はそこにいた。


帰ってきたときに感じた恐れは、その日常的な動作によって埋もれつつあった。

 

 

ある夜のこと、寝る直前に彼女はこんな告白を始めた。


「世の中の不合理の原因は何かを知りたかったのです。一切の人間は幸せになりたいと考えているのに、総体である世の中はそうなっていない。宗教、思想の絨毯で空は飛べても、結局しわ寄せをくらい不幸になっている。その原因が何なのか、どうすればそれが解決できるのか、私は知りたいのです」
確かにそうだと思える部分があったから、相槌を打ちながら聞いていた。

 

そうして彼女はテレビをつけた。騒々しいバラエティー番組。

けばけばした画面の隅に「未確認物体発見か?」の文字が張り付いている。
司会者はいう。

世界各地で同時に、人型に似た物体が確認されたという。映像資料はないが、UFOにしては新型だといって盛り上がっている。

 

 

まさか、と彼女を見た。
「私のコピーをいくつか作って世界中に配置しました。前回の観察ではしきれなかったデータを集めたいのです」
彼女は壁に映像を出した。人に羽が生えたような、確かにそんな形をしていた。

 

しかしながら、急に埋もれかかった恐れが顔をだした。

本当にそれだけだろうか。

見るだけにしてはあまりに『意味がある』形になっている気がする。
「本当に見てるだけのもの? 形が仰々しい気もするけど」


片眉を吊り上げて彼女は言う。「ご明察。確かに他の機能もあります。人の幸せの形を考えたときに役立つものです。

人間によっては、安らかな死にこそ至上の幸せと捉えることもあると学びました」
それは一種の毒ガスだという。眠るように死に至る、そういう性質のものだ。

的中した予感に軽く眩暈を覚えた。人の生殺与奪を握る気なのか。恐る恐る、自分に思いつく限りのことを言葉にする。


「本当に、死んでしまうほうが幸せなのかな」
「そう判断する人間もいます。奇妙なことだとは思いますが」
「死んでしまったら何にもならないじゃない。綺麗ごとだとは思う。けど、私はそこまで悲観はしてない。生きることは大変なことだけど、幸せは死の先にはないと思う」

 

だから、やめて。そういうと、なだめるような笑顔で彼女はつづけた。

「そう考えられることは貴女が幸せであることの証左でしょう。私の存在理由にも再考が必要なようですね」
映像を閉じると彼女は窓際により、夜の闇を瞳に映した。

 

その瞳は何を見ているのだろう。
なまじ金属だから、機械だから、その気持ちを推し量ったことはなかった。

機械は何を夢見るのか。

私は考える時期が来たのだと思った。

 

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